AIのルールは作った、では誰が決めるのか——政府が2025年度に置いた役割
「AIのルールは作りました」と思っている会社ほど、実際には「では、そのルールを誰が決めたのですか」「利用状況が変わったら誰が見直すのですか」と聞かれると、答えが止まることがあります。文書はあっても、判断する役割まで決まっていない状態です。
生成AIの利用を管理するうえで、ルールのひな形だけを整えても、それを適用する人、例外を判断する人、状況の変化を受けて見直す人が曖昧なら、運用は担当者ごとの判断に戻りやすくなります。そこで参考になるのが、政府の年次報告に記録されたAIガバナンス体制と、民間事業者向けに公開されたChief AI Officer(CAIO)ガイドです。
政府が2025年度に整備したAIガバナンス体制
サイバーセキュリティ戦略本部の「サイバーセキュリティ2026」には、デジタル庁の2025年度の成果として、全府省庁にAI統括責任者(CAIO)を設置し、先進的AI利活用アドバイザリーボードなどを含む生成AIのガバナンス体制を構築したことが記録されています。
重要なのは、責任者という肩書きを置いたことだけではありません。各府省庁では、CAIOが生成AIシステムのリスク評価を行い、利用者である職員に向けた生成AIの利用ルールを策定・周知する体制を整えたとされています。
また、先進的AI利活用アドバイザリーボードを3回開催し、ガイドラインの対象範囲を音声や画像生成へ広げることや、調達時の生成AIのセキュリティ確保に関する留意事項を拡充する検討も行われました。2026年度の計画でも、生成AIの利活用推進とリスク管理を両立させる方針が示されています。
府省庁の個別例としては、財務省がガイドラインに基づく生成AI利活用ルールを策定し、説明会の開催や利用時の留意事項の周知を行ったことも記載されています。
これらは政府機関の取組であり、民間企業に同じ体制が義務づけられたという意味ではありません。ただし、ルールだけでなく「判断する役割」と「周知する役割」を体制として置いている点は、自社の状態を点検する材料になります。
AI責任者の空席とは何か?
この記事では、AI利用のルールは存在していても、リスクを評価し、利用ルールを決め、運用状況を受けて見直す役割が明確になっていない状態を「AI責任者の空席」と呼びます。これは今回の資料に登場する公式用語でも、資料から導かれた結論でもありません。各社が自社の体制を点検するときに、役割の有無を確認しやすくするための呼び方です。したがって、特定の役職名やCAIOという肩書きを必ず新設することを意味しません。
たとえば、総務担当者が利用ルールの文書を作り、各部署へ共有していても、新しい生成AIサービスを使ってよいか、既存ルールで扱えない利用方法が出たときに誰が判断するのかが決まっていなければ、判断の所在は曖昧なままです。
まず確認したいのは、正式な役職名があるかではなく、リスク評価、ルール策定、周知、見直しという仕事を誰が引き受けるのかです。形骸化しない社内AI利用ルールの作り方を考える場合も、文書と役割を切り離さないことが運用を整理する出発点になります。
CAIOが担う仕事は「ルールを書く」だけではない
政府の年次報告で各府省庁のCAIOについて明示されている仕事は、生成AIシステムのリスク評価と、職員向け利用ルールの策定・周知です。つまり、単に禁止事項を書いた文書を管理するだけではなく、何をどのようなリスクとして扱うかを評価し、その結果を利用ルールへ反映させる役割が置かれています。
ここから企業側が参考にできるのは、先に規則を増やすのではなく、判断の役割と、その判断に必要な材料をセットで考える順番です。
利用実態が分からない状態では、ルールを見直す担当者を決めても、何を根拠に変更するのかが曖昧になります。そのため、取り締まりを先に考えるより、まず利用状況を把握できる状態を作るという考え方が必要になります。社員のAI利用を可視化する3つの方法も、この判断材料を整理する観点から位置づけられます。
民間向けCAIOガイドが扱うのは組織と運用
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)は2026年3月17日、主に民間事業者を対象とした「Chief AI Officerガイド」を公開しました。目的は、CAIOを設置・運用する際の標準的な実務指針を示し、AIによる価値創出と、リスク低減・規制遵守を含む責任ある活用の両立を支援することです。
扱う範囲はCAIOの役割だけではありません。組織設計、プロセス、評価・監督、教育、人材、調達に加え、テンプレート、KPI、監査・報告の仕組みまで含み、企画から調達、運用までのAIライフサイクル全体を対象としています。
一方で、個別のアルゴリズムやモデルアーキテクチャの詳細を説明する資料ではありません。主眼は、AIを継続的に管理し、改善するためのガバナンス、組織、プロセスです。
ガイドブックは主にCAIO本人とその任命者を、実務マニュアルはCAIO本人や実務スタッフ、任命を検討する経営陣、法務・コンプライアンス・情報システム・データマネジメント・人事・事業部門などの関係者を対象としています。専任担当を置きにくい会社でも、「誰がどの仕事を受け持つか」という単位に分解して読むことはできます。
自社では「役割、判断材料、見直し」の順で決める
自社へ落とすときは、政府と同じ組織図を作ることから始める必要はありません。資料から確認できる範囲を踏まえると、まず決めるべきなのは役割です。誰がリスクを評価し、誰が利用ルールを決め、誰が社内へ周知するのかを明確にします。
次に、その人が何を見て判断するのかを決めます。ルールだけを渡して「責任者です」としても、判断材料がなければ実務にはなりません。利用状況や管理上確認すべき情報を整理し、判断と説明に使える状態を作ることが必要です。セキュリティチェックシートに答えられる状態の作り方も、管理状況を説明できる形にするという点で関連します。
最後に、見直しの周期を自社で定めます。今回の資料から、民間企業に適した具体的な周期までは分かりません。ただし、AISIのガイドが継続的な管理・改善を扱っている以上、「一度ルールを作れば終了」ではなく、見直す役割と機会まで運用として決めておくことが整理のポイントになります。
AI関所BOXは、オフィス内に置いた関所を通してAI利用だけを取り出し、利用状況・入力内容・検知を社内で管理するオンプレミス型のAIガバナンスBOXです。現在PoC検証中であり、責任者が判断するときに必要となる利用実態を社内で管理するための選択肢の一つとして位置づけられます。
よくある質問
CAIOという役職を新しく作らなければなりませんか?
今回の資料から、民間企業にCAIOの設置が義務づけられているとは言えません。AISIのChief AI Officerガイドは、主に民間事業者がCAIOを設置・運用する際の実務指針として公開されています。専任役職を置くべきか、既存の担当者が役割を担うべきかについて、今回の資料だけから一律の答えを出すことはできません。まずは必要な役割と責務を明確にすることが確認の出発点になります。
AI責任者には何を判断してもらえばよいですか?
政府の年次報告では、各府省庁のCAIOが生成AIシステムのリスク評価と、利用ルールの策定・周知を担う体制が記録されています。AISIのガイドでは、さらに組織設計、プロセス、評価・監督、教育、人材、調達、監査・報告などが扱われています。ただし、民間企業で誰がどこまで担うべきかを一律に指定する資料ではありません。自社では、まず誰がリスクを評価し、ルールを決め、周知するのかを具体化する必要があります。
AI利用ルールはどのくらいの頻度で見直せばよいですか?
今回の資料には、民間企業がAI利用ルールを何カ月ごと、何年ごとに見直すべきかという具体的な周期は示されていません。一方、AISIのガイドは、企業がAIを継続的に管理・改善するためのガバナンス、組織、プロセスを扱っています。そのため、見直しを行う役割と機会をあらかじめ決めることはできますが、適切な周期は各社が自社の状況に応じて定める必要があります。
まとめ
- AI利用ルールの文書だけでなく、誰が判断するかまで決める
- 政府では2025年度に全府省庁へCAIOを置き、リスク評価と利用ルールの策定・周知を担う体制を整備した
- 民間事業者向けのCAIOガイドは、組織設計、プロセス、評価・監督、教育、人材、調達などを扱う
- 自社では、役割を決め、次に判断材料を整え、最後に見直しの周期を定める
- 「AI責任者の空席」は、自社の役割分担を確認するためのこの記事での呼び方である
出典
社員のAI利用を、止めずに管理する仕組みを。
AI関所BOXは、ChatGPTなどのAI利用だけをオフィス内の関所へ通し、利用状況・会話・検知を管理するオンプレミス型AIガバナンスBOXです(現在PoC検証中)。導入・PoCのご相談、資料のご請求を受け付けています。