AIのルールを整えた次に、何を確かめるか——IPA「DX動向2026」に見るAIリスク管理の内訳
社内の生成AI利用ルールを整えた会社で、「そのルールが守られているか」を尋ねると、答えに詰まることがあります。文書は存在し、周知もした。しかし誰が、どのAIに、何を入力しているかを確かめる手段は別に用意しなければなりません。ルールに確認の手順まで書き込んでいる会社もありますが、文書を整えただけで遵守状況が分かるとは限りません。
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2026年7月30日に公開した「DX動向2026」には、AIのポリシー・ガイドラインの整備状況と、AIリスクマネジメントの実施状況を尋ねた設問があります。本記事では、この2つの設問の数字を、母数と設問の条件を確認しながら読みます。数字の読み違いが起きやすい箇所でもあるため、まず何が測られていて何が測られていないのかを先に整理します。
この数字は誰に聞いたものか
「DX動向2026」の元になっているのは、IPAが実施した「企業等におけるDX推進状況等調査分析」です。実査は株式会社NTTデータ経営研究所が担当しています。
- 調査期間: 2026年4月17日〜6月12日
- 調査対象: 日本標準産業分類の19業種(製造業、非製造業。「公務」を除く)の企業の経営層またはICT関連事業部門
- 抽出方法: 企業データベースから業種・従業員規模で割付けてランダムに抽出
- 調査対象数: 10,000/有効回答数: 1,799
- 想定回答者: 自社内のDXの推進状況を把握している部署の責任者
業種と従業員規模で割付けたうえでのランダム抽出であり、規模や担当体制を横断した全体集計です。特定の規模や体制の会社だけを取り出した数字ではありません。同時に、担当体制別(専任の情報システム担当の有無など)の内訳は公表されていないため、総務や経営者が兼任している会社に限った割合は、この調査からは分かりません。以下の数字は自社の現在地そのものではなく、確認すべき項目を知るための材料として読むのが適切です。
関連する手がかりとして、AIの導入状況には従業員規模別の集計があり、企業規模が大きくなるほど導入が進んでいること、「100人以下」の企業では「関心はあるがまだ特に予定はない」が34.6%と高いことが示されています(図表3-4)。ただしこれは導入状況の集計であり、以下で見るガバナンス関連の設問に規模別の内訳が付いているわけではありません。
なお、設問ごとに対象を絞っているため、図表によって母数(n)が異なります。以下では図表ごとにnを併記します。
ポリシー・ガイドラインの整備状況
AIに関するポリシーやガイドライン、ルールの整備状況(複数回答、n=1,189。AIを「導入している」「現在、試験利用をしている」「利用に向けて検討を進めている」企業が対象)は次のとおりです。
| 選択肢 | 回答率 |
|---|---|
| 社内ガイドラインやルールは全社的なものを定めている | 32.5% |
| AIポリシーを定め、社内に周知している | 28.8% |
| AIポリシーは現在検討を行っている段階 | 20.4% |
| 社内ガイドラインやルールは現在検討を行っている段階 | 19.3% |
| どちらも定めていない | 16.7% |
| AIポリシーを定め、社外に公表している | 3.7% |
| 社内ガイドラインやルールは利用する部署で定めている | 2.4% |
読み方の注意が2つあります。第一に、複数回答のため、各項目の割合を足し合わせても全体の割合にはなりません。第二に、選択肢に「現在検討を行っている段階」が含まれるため、この設問から「すでにルールを定めた企業の割合」を一意に算出することはできません。「どちらも定めていない」が16.7%であることは分かりますが、残りが整備済みという意味ではありません。
IPA自身は本文で、「どちらも定めていない」が16.7%となっていることについて「AI導入が急速に拡大する中でガバナンス整備が追いついていない企業が一定数存在している」と評価し、社外公表が3.7%にとどまる点を「対外的な透明性の確保はまだ限定的な段階にある」としています。
ルールの作り方そのものについては形骸化しない社内AI利用ルールの作り方で整理しています。
ルール先行ギャップとは何か?
ルール先行ギャップとは、AIの利用ルールやポリシーは整備された一方で、そのルールが守られているかを確かめる手段が用意されていない状態を指す呼び方です。ここで先に明確にしておくと、「DX動向2026」はこの状態そのものを測定していません。整備状況(図表3-17)とリスクマネジメントの実施状況(図表3-18)は別々の設問として集計されており、公表資料には両設問を回答者単位で突き合わせたクロス集計が掲載されていないためです。したがって本記事では、この言葉を調査から導かれた結論としてではなく、各社が自社で点検するための仮説として使います。以下では、その点検の手がかりになる数字と、注意すべき読み違いを順に見ていきます。
リスク管理の内訳——「していない」わけではない
ここは丁寧に見る必要があります。AIリスクマネジメントの実施状況(n=1,190、対象は上記と同条件)の内訳は次のとおりです。
| 選択肢 | 回答率 |
|---|---|
| AIや生成AI独自のリスクマネジメントを実施している | 14.2% |
| ITシステム全般のリスクマネジメントの中で実施している | 33.6% |
| 現在リスクマネジメントを検討している | 29.2% |
| 特に行っていない | 22.9% |
つまり**「14.2%以外はリスク管理をしていない」という読み方は誤り**です。何らかの形で実施している企業は14.2%と33.6%を合わせた水準にあり、「特に行っていない」は22.9%です。またこの14.2%は「AI固有の枠組みでリスク管理を実施している」割合であって、「ルールの遵守を確認する手段がある」割合ではありません。両者を同じものとして扱わないことが、この設問を読むうえで重要です。
そのうえで、点検の観点として挙げられるのは、最も多い区分が「ITシステム全般のリスク管理の枠内で実施している」33.6%だという点です。既存の枠組みを使うこと自体は妥当な出発点です。ただし既存の枠組みが何を対象にしているかは会社によって異なり、DLPやプロキシのログ、契約・教育・監査を含む場合もあれば、サーバーや端末、アカウント管理が中心の場合もあります。自社の既存の枠組みが、生成AIへの入力内容まで対象にしているかどうかは、この調査からは分かりません。33.6%を選んだ企業に観測の抜けがあるかどうかも同様です。これは調査から導かれる結論ではなく、各社が確認する項目です。
シャドーAIという形で表面化する場合の対処はシャドーAI対策の始め方を参照してください。
課題として挙がっているリスクは、具体的である
AI導入・運用上の課題(複数回答、n=1,770)では、上位に人材とリテラシーの不足が並びますが、その下に具体的なリスク項目が続きます。
- 専門人材が不足している: 50.1%
- 生成AIの効果やリスクに関する理解が不足している: 45.8%
- 適切な利用を管理するためのルールや基準の作成が難しい: 39.7%
- 入力した情報が漏えいするリスクがある: 31.0%
- データの形式や質にばらつきがある: 29.2%
- 誤った回答を信じて業務に利用してしまう: 28.9%
- 出力結果を検証せずに受け入れてしまう: 17.9%
「入力した情報が漏えいするリスクがある」を課題として挙げた企業が31.0%ある点は、リスクが認識されていないわけではないことを示しています。あわせて「適切な利用を管理するためのルールや基準の作成が難しい」が39.7%と、ルールを作る作業そのものの難しさも上位に挙がっています。
なお、この設問の母数(n=1,770)は前掲2つの設問(n=1,189/1,190)と異なり、対象の絞り方も違います。「漏えいリスクを挙げた企業のうち、確認手段を持っている企業がどれだけあるか」は、これらの数字を並べても分かりません。
入力内容の線引きを仕組みで支える考え方は機密をAIに送らない「マスキング」という考え方で扱っています。
効果が出ている層ほど、AI固有のリスク管理の割合が高い
AI導入の効果別に見たリスクマネジメントの実施状況は次のとおりです(対象はAI導入効果の設問で「わからない」以外を回答した企業)。
| AI導入の効果 | AI固有のRMを実施 | IT全般の枠内 | 検討中 | 特に行っていない |
|---|---|---|---|---|
| 期待以上の効果があった(n=142) | 28.2% | 40.1% | 19.7% | 12.0% |
| 期待どおりの効果であった(n=188) | 18.6% | 42.0% | 22.9% | 16.5% |
| 一定の効果はあった(n=525) | 13.3% | 37.3% | 27.2% | 22.1% |
| 期待した効果はまだ得られていない(n=125) | 5.6% | 32.0% | 30.4% | 32.0% |
効果が高い層ほどAI固有のリスク管理の割合が高く(28.2%対5.6%)、「特に行っていない」の割合が低い(12.0%対32.0%)という傾向が、4段階すべてで揃っています。
ただし、これは横断調査の単純集計上の相関であって、因果ではありません。 リスク管理を整えたから効果が出たのか、効果が出るほど本格的に使っているから管理も必要になったのか、あるいは組織的に物事を進められる会社が両方を同時に実現しているのか。調査はその向きを判定していません。管理が活用を促すのか妨げるのかについても、この調査は検証していません。この表から言えるのは、単純集計上、効果を実感している層ほどリスク管理の実施割合が高いということまでです。
ルールの次に置くもの——確かめられる状態にする
整備と運用の差を点検する手順は、大きな仕組みの導入から始まるわけではありません。
担当を兼任していて工数を確保しにくい場合は、まず最小構成として、AI利用について判断する責任者を決める/業務で使われているAIサービスの一覧を作る/いま何がどこまで確認できるかを書き出す、の3つに絞る形があります。いずれも新しいツールを入れずに着手でき、下記の手順1〜3を軽くしたものにあたります。ここまでで「確認できていない範囲」が文書として残るため、次に何を足すかの判断材料になります。工数を確保できる段階で、順に精度を上げていく形になります。
工数を確保できる場合の順序は次のようになります。
- 今あるルールを、確認できる形に言い換える — 「機密情報を入力しない」は、そのままでは確認できません。どのサービスへの入力を対象とするか、機密情報とは何を指すかを、観測できる単位まで具体化します
- 利用されているAIサービスを把握する — 会社が契約したものだけでなく、個人契約や無料版を含めた実態を確認します。経費精算や部門ヒアリングが起点になります(社員のAI利用を可視化する3つの方法)
- 既存の枠組みで何がどこまで分かるかを確認する — 接続先までなのか、入力内容までなのかで、直接検証できる範囲は変わります。入力内容を常時取得しなくても、アクセス制御や利用できるサービスの限定、サンプリングによる点検など、組み合わせられる手段は複数あります。まず現状の可視範囲を把握することが出発点になります
- 対外的な説明の材料として残す — 取引先のセキュリティチェックシートでは、規程の有無に加えて、運用状況や証跡を求められる様式もあります(セキュリティチェックシートに答えられる状態の作り方)
AI関所BOXは、オフィス内に置いた関所を通してAI利用だけを取り出し、利用状況・入力内容・検知を社内で管理するオンプレミス型のAIガバナンスBOXです(現在PoC検証中)。ルールを整えた次に必要になる「確かめられる状態」を、利用ログや検知情報を社内に置いたまま用意するための選択肢として設計されています。
よくある質問
ルールを整備していれば、リスク管理をしていることになりますか?
「DX動向2026」では、ポリシー・ガイドラインの整備状況(図表3-17)とリスクマネジメントの実施状況(図表3-18)が別々の設問として尋ねられています。ルールに監視や記録、監査の手順を含める場合もありますが、文書を整備しただけで遵守状況が確認できるとは限りません。また公表資料には両設問を回答者単位で突き合わせたクロス集計が掲載されておらず、この調査はルールの遵守状況そのものも尋ねていないため、「ルールがあるのに確認手段がない企業がどれだけあるか」を数字で示すことはできません。自社について確認するには、定めたルールごとに、それが守られていることを何で確かめられるかを対応させてみるのが出発点になります。
「AI固有のリスクマネジメントは14.2%」は、残りが無管理という意味ですか?
いいえ、その読み方は誤りです。同じ設問では「ITシステム全般のリスクマネジメントの中で実施している」が33.6%、「現在リスクマネジメントを検討している」が29.2%、「特に行っていない」が22.9%となっています。何らかの形で実施している企業は14.2%と33.6%を合わせた水準です。またこの14.2%は「AI固有の枠組みで実施している」割合であって、「ルールの遵守を確認する手段がある」割合ではありません。
この調査結果は、専任の情シス担当がいない会社にも当てはまりますか?
この調査は日本標準産業分類の19業種の企業を対象に、企業データベースから業種と従業員規模で割付けてランダム抽出したもので、経営層またはICT関連事業部門が回答しています。規模や担当体制を横断した全体集計であり、専任の情報システム担当がいない会社だけを取り出した割合ではありません。担当体制別の内訳は公表されていないため、そうした会社での整備状況やリスク管理の割合は、この調査からは分かりません。なお同じ調査のAI導入状況では、従業員100人以下の企業で「関心はあるがまだ特に予定はない」が34.6%と高くなっています(図表3-4)。
まとめ
- AIリスクマネジメントの内訳はAI固有14.2%/IT全般の枠内33.6%/検討中29.2%/特に行っていない22.9%(n=1,190)。「14.2%以外は無管理」ではない
- この14.2%は「AI固有の枠組みで実施している」割合であり、「遵守を確認する手段がある」割合ではない
- ポリシー・ガイドラインは複数回答で「どちらも定めていない」が16.7%(n=1,189)。検討段階を含むため「整備済みの割合」は算出できない
- 課題としては「入力した情報が漏えいするリスクがある」が31.0%(n=1,770)。ただし母数が異なるため、他の設問と突き合わせた割合は算出できない
- 効果が高い層ほどAI固有のリスク管理の割合が高い(期待以上28.2%/効果未達5.6%)。単純集計上の相関であり、因果の向きは判定できない
- この調査はルールの遵守状況を尋ねていない。整備と運用の差は、各社が自社で点検する項目
出典
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)『DX動向2026 広がるAI導入、DXは変われるか』(2026年7月30日公開、2026年8月4日更新)本文25〜27ページ、36〜40ページ、67ページ「6.1. 調査概要」、図表3-4/3-16/3-17/3-18/3-19 https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2026.html(本文PDF: https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/rcu1hd0000017uk8-att/dx-trend-2026.pdf)
- 同『DX動向2026(データ集)』52〜55ページ(各図表の選択肢内訳と母数)、101ページ(調査対象と実施規模等) https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/rcu1hd0000017uk8-att/dx-trend-data-collection-2026.pdf
社員のAI利用を、止めずに管理する仕組みを。
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